自分のために、弾いている。

こんばんは、あやです。

週末に、演奏会があります。

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千葉大学管弦楽団ヴィオラパート
第10回おさらい会

自分の出番は15:50頃です。
シューマン/幻想小曲集Op.73(ヴィオラ版)
お近くの方は是非に。


曲を作るまでのステップ


私はクラシック音楽をやっています。なので
『曲を作る』なんて言うと「それは作曲家の仕事では?」と思う人もいるだろうけど
演奏家も曲を作ります。

自分でメロディーを作ったりはしないけど、

ここのドレミはどういう意図を持って弾くか
何をイメージしたような音にするか
聴いた人をどんな気分にさせたいか
どのレベルまで盛り上げるか、下げるか

そのあたりが演奏家の曲作りになりますね。

人によってさまざまでしょうが、私の場合は
ザックリと7つくらいのステップがあるようです。
(ステップを踏むぞ、と思ってやってるわけではなく
自分の曲作りを振り返るとこんな感じ、というレベル)


1.音を拾う。
  楽譜に書いてある音を、書かれたとおりに再現する練習

2.メンタルを固める。
  ここはこういう気持ち、とか、こういう風景、色、時間帯、温度、人物、など
  曲の中身にあたる部分を想像し、シナリオを組む

3.音をデザインする。
  シナリオを表現するにあたって最適な音はどういうものか?模索する

4.モニタリング
  デザインしようと思った通りに作れているか、
  そもそもそのデザインでシナリオを表現できそうか、などを検証

5.微調整
  思った通りに弾けていない→体の使い方を見直す(腕のふり幅、体重のかけ具合など)
  思ってる音だけどシナリオと乖離→デザインを修正(遅くしすぎない、角を立たせるなど)

6.フィックス
  (だいたい一度でうまくいくことなんかないので)4&5を繰り返して
  「このへんかもしれない」というのを見つけ、記憶する

7.再現可能状態にする
  6.で見つけ、記憶した演奏状態というのは、いわばまぐれ。
  意図的に再現できるようにするのがこの工程


私の場合、1~7を数か月かけて取り組みます。

プロの先生に習いに行くんですけど、やっぱり見てほしいのって
このデザインで伝わるかな?とか、くっきりデザインするにはどう動く?とか、
4・5のあたり。自分だけではなかなか難しいので。


うまくならない


ところが今回はメロディーが難しく、
1「音を拾う」の段階からつまずいて、
音取りレベルから先生にアドバイスをもらうような状況でした。

うまくならないぞ。
うまくなりたいぞ。
せっかくレッスンしてもらってるのに、その段階かよ。

うまくならない・・・
うまくならない・・・

全然うまくならない・・・

そしてそのせいか、2「曲のメンタル」3「音のデザイン」に割くパワーが少なく
お前はどうしたいの?どんなふうに作ろうとしてるの?と
しょっちゅう突っ込まれては絶句していました。

こんなんじゃだめだ。
なんか、【表現】じゃない。
今やってるのは反復練習であり、楽譜をなぞる行為であり、
【表現】じゃない・・・

よく、歌詞が思い浮かばない、スランプだなんていう状態を
難産
とか言うけれど、けっこうそれに近い状態でした。


うまくなりたいのか?


難産
してると、精神も追い詰められて、考えが迷走してきます。
というか迷走していました。

ブログ書いてて思ったけど私ってしょっちゅう迷走するし、混乱しているんですね。
とにかくこの件でも迷走して、

「なんて下手なんだ」「うまくなりたい」「もっとうまければ」と
自分に足りないところを見つけては難癖をつけまくる日々。

うまくなりたい。
うまくならない。
うまくなりたい。
それはもう、呪いのようでした。
いや、呪いでした。
ヴィオラを弾きたくなくなった瞬間もありました。


楽しく弾けた


呪いの日々をどうやって抜けたかが肝心な気もするんだけど、
眠くなってきたので結論だけ先に書きます。
簡単にいうと、呪いつつも2や3を追いかけ回し、
いつの間にか自分の意志がハッキリしてきたんです。

先日、仮の本番ということでみんなの前で曲を弾く機会がありまして
そのとき、本当に楽しくって。


それで、気づいたのです。
あんなに呪ってたけど、
私は別に、うまいヴィオラを弾きたいわけじゃなかった。

うまいヴィオラや、感動的なヴィオラを弾いて、
誰かにいい気持ちになってもらえたらいいなぁ、とはもちろん思っているけど、
一番の原動力はそこじゃなかったんだって。

私は、大部分を、自分のために、弾いている。
と、腹で知ったのでした。


今の私は、
うまくない
ままなんだけど

こう思った!
こう弾きたい!
こう作ろうとしてる!
という
主張がミッチリある感じ。


「うまくなりたい」って、聞こえがいいし、悪い想いでもないから
本心かもしれない、って思ってしまうけど
そうして「うまくなるための」修行とかも一見、理にかなっているようだけど
いや、「うまい」方が自分の世界を外に出しやすいという意味では、
まさに理にかなっているんだけど、

最終的な大目標ってなんだったか?
そもそもなんで【表現】活動をしているのか?って根源は、
何を隠そう、

自分が楽しく在るため

だったとさ!

あや